社労士の勉強で「なぜ?」「どうして?」がタブー視されるワケ

雑記

この文章は、
社労士の資格試験勉強について
無味乾燥に感じている方々向けに
書いた学習応援文です。

これを読むと、
あなたが、学習に対し
無味乾燥に感じる
原因を特定し、
腹落ちにより
納得(スッキリ)
できるかもしれません。

前提として、
私の法律知識レベルは
大学の一般教養科目で
民法や商法を学んだ程度です。
(法学部出身ではありません。
つまり、
体系的に法律全般を
学んだことはありません。)

そんな私の立場の意見ですが、
社労士の勉強は
資格勉強のつまらない度
ランキングの1位(ワースト1位)

ではないかと・・・。
一人勝手に、邪推しています。
私の偏見・敵意満載です。

おりしも、
ノーベル賞受賞者発表の時期で
もありますので、
その点とも
からめてお話しいたします。

少々長いので、
先に3.ストレス発散(対策)法を読んで
いただき、
あとは読み飛ばししてOKです。

「なぜ?」「どうして?」は学習効率が悪い

私は、人間は「なぜ?」疑問が生まれ
その疑問を解消すること
学びの喜びを覚えるもの
だと思いますが、
社労士試験において
この考えれに囚われて
しまっては
その効率の悪さゆえに
合格から遠ざかるという
ジレンマ
が生まれます。

なぜなら、疑問・質問の着想は
個人ごとに千差万別
であり、
社労士の資格取得勉強は
優れた着想に価値が見出される
研究の世界とは異なります。


効率の悪さから、
講師陣も
テキストも
ほぼ条文通りにしか
説明・記載しないのです。

言い換えると、
「この条文は、どうして、
こうなのか?」
あえて踏み込んでまで、
懇切丁寧に
解説してくれない
のです。

私が考えるに、
法律の趣旨(あるいは意図)には、
大正解というものが存在せず、
さまざまな解釈が存在しています。

「解釈自体は人それぞれに、
許されています。」

あるいは、
「社労士ごときでは
意図を解釈するにはまだ早い。
もっと勉強しなければ解釈には至らない。」

ということかもしれません。

そのため、
講師によって
趣旨や意図の解釈
違いがある場合もあります。

見方を変えると、
踏み込んで説明する場合、
講師によって意図の解釈が
当然のごとく、

微妙に異なって来ます。

その条文の成り立ち(経緯)を
ご存じでない場合さえもあります。

極端なことを言うならば、
法律の意図するところについて、
我々、学習者は
「なぜ、どうして」
の解釈は
個人のご自由に。


それでも、社労士試験には
合格できる。

・・気がする・・・。

勉強期間が長い方ほど、
この「なぜ?」「どうして?」への
こだわりが強くなる傾向があり、
資格試験講師を質問攻めして
(講師の時間を奪い、困らせてしまい。)
毛嫌いされるわけです。

そのため、このタイトルに
「タブー視」という
少々刺激的な表現を用いました。
もう少し、
平易な表現にすると
「違和感」です。

勉強が進むにつれて
増えてゆくように感じる
「違和感」


初学者は「へぇー。そういうもんか。」と
受け流すところを、
何度も受験している生徒は、
受け流しができない事象が起きます。

実は、
講師にしてみると、
こういう生徒は「やっかい者」です。

(冷静に考えて、
 講師や先生は
 自分の時間を切り売りしていますので、
 生徒を、我が子のように、
 納得がゆく最後までは
 付き合ってはくれません。)

最終的には
「自分で調べろ。」
「そこは試験に出題されない。」

という結論に至るのです。

資格試験学校の、
合格体験記などで、
一発合格が歓迎、奨励、
クローズアップされるのも
このあたりと無関係とは言えないでしょう。

私には、資格取得の教材は
学習効率に偏重しているように見受けられます。
学習方法の紹介なども、
商業主義が見え隠れしていて
どうも、ついていけません。

(気が合いません。)

だだし、資格試験講師や先生の方々にも
見落としてはならない、

同情すべき点があります。

それは受講生を入学試験で選別できないです。
講師の方々は見込みがある学生のみで
クラス編成ができないのです。
しかも、卒業単位を与えたり、
評価をつける権限もありません。

入学試験がないために、
生徒側はともすると、
お金を払っているので、
「一から教えてもらって当たり前」という

学びという点において、
根本を勘違いした姿勢
(お金を払っている方が
「偉い」
 と思っている?)
前面に出てしまう生徒
混在しているのも事実です

黒カケス
黒カケス

お金(貨幣経済)を
過信しすぎでは?。
「お金は偉くないよ」ねぇ。

「最初に認識しておけば・・」と思うこと

勉強を始めた
もっと早い時点で
こういった特徴に
気づくと、
暗記への
一種の割り切り感

たもつことができ、
日々の勉強の辛さ
(ストレス)を
幾分軽減してくれる
気がします。

マークシート方式である
社労士試験において
法律の意図について
出題されていません。
(=出題側が求めていません。)

とどのつまり、
単なる暗記・暗唱でも
正答できるという
特徴がある
と思います。

ただし、(留意点として・・)
「すべてを暗記できるのであれば、
誰も
苦労(?)はしていない」
という事実も見落とさないで
おくんなまし

<なぜを繰り返す人は、研究者の適正はあるが・・・、
資格取得の適正としては、遠回り。>
社労士試験の勉強でノーベル賞は取れない。
資格取得の勉強と
研究とは異なるもであることを
認識しておきましょう。

一方で、
研究の世界は
数知れぬ無数の失敗の上に
成り立っている世界
であることも
忘れてはいけません。

研究者と
社労士試験合格者
どちらが偉いとか
どちらが知的だ
という比較の問題ではないので
あしからず。

思い込みや
偏見が
勉強の邪魔をする場合が
あります。

「なぜ?」、「どうして?」は裁判官の領域

2年間も非効率な勉強ブログ
書いてきてしまった
私は、今では
「なぜ、どうして」と思い浮かぶ疑問は
法律(立法)の領域ではなく、
むしろ裁判(司法)の領域なのではないかと
考えています。

裁判

裁判の判例を読んで
気づくことは、
法律解釈は一意ではなく、
目的、趣旨に立ちかえりつつも、
「合理的」「通例かどうか」などの視点で、
本来の意図を考えつつ
判決している点です。

社労士試験で、
目的条文が出題されるのは、
こういう観点で
「最低でも目的条文ぐらいの知識は
必要でしょう。」
と出題側は考えているのではないかと
思ったりしています。

言い換えると、
社労士は
目的、趣旨まで答えられれば良い。
それ以上は求めない。
もっと言うと、
理由を間違えて解釈していても、

とがめられない。
よって、

なんとでも解釈していてよい。

「なぜ?」、「どうして?」にこだわりたい人は、
法科大学院や法学部で学べば良い。

法の意図への理解は
専門教育を受けて、
専門書を読んで
身に付くことだと思います。

現状の社労士試験では、
なぜ、どうしての
説明力を求めていません。

ストレス発散(対策)法

着想を変える

「なぜなぜ?」「どうして?」視点でなく
世の中の「誰が?」「どういう人が?」
「どこが?」
どんな得をするのか?

世の中が大きく変わるきっかけは「法改正」

例えば、法律は、毎年少しずつ改正されていくのですが、
世の中の変化に対応して
改正していると考えるならば、
法改正は今まで
出来なかったことが、
出来るようになるということ

解釈できるのではないでしょうか?

これが、特例だったり、
経過措置だったり

という場合もあるようですが、
法改正で、当初の趣旨や目的とは
幾分のズレを含んで
改正されることも
起こりうると想定されます。

そういった場合、
首尾一貫した説明を期待すると、
パッチワークのようなたたずまいとなり
難解にならざるを得ない特徴
があります。

パッチワーク

そういった観点においても、
「なぜ?」「どうして?」は
ホドホドにしておき、

法律の影響範囲や
変化などに
目を向けた方が
ストレスを軽減し

心を平静に保てたりします。

社労士勉強に自己の知的充足感を
期待してはいけません。
記憶トレーニングの連続ですから。

違う意見をお持ちのかたは、
ご自由に書き込み願います。

(考え方や捉え方はその方個人の自由ですから。)

なぜ・なぜ君
なぜ・なぜ君

どうしても
「なぜ?」にこだわってしまう場合は
他の分野の本などを
勉強以外の時間で
並行して読んで、
あなたの中の
「なぜ・なぜ君」を
満足させて
感情のバランスをとって
あげましょう。

図鑑は楽しいよね!
なぜなぜ君は「おさかな図鑑」で満腹です・・・だから寝る。

社労士の社会的役割

社労士さん
社労士さん

「法律で決まっているのでダメです。」
(だけでは、社労士として
あまりにもがない。)

適法か?そうでないかは、
社労士でなくとも
誰しも自分で調べれば分かる時代です。
ですから、こんな声が聞こえて来ます。

社長さん
社長さん

そんなことは
代表のワシだって
わかってるよ!

社労士に求められる社会的役割は、
法制度を腹落ちさせる
(=代表へ、適切に理解させる)
能力
とも思えて来ます。

資格を取得したから
「勝ち組」
になれるようなことはなく、
資格を取得しても、
「食えない資格」と揶揄やゆされる(=からかわれる)のは
このあたりにありそうです。
(そして、こういった議論が不毛であることも
歳を重ねると気づくことのようです。)


例えば、
企業が新卒学生の採用時に、
若くして資格取得している人を
重視していないのは
資格とは所詮、
人間が作り出した制度である点で
それだけでは先(限界)が
見えてしまうところに
ありそうです。

資格をとっても、
GOALには至らない
ということでしょう。

試験に不合格だった
大半の方々も
落ち込む必要なんてありません。

世の中は、どうやら
人間が理解できるほど
単純ではなく、
どんな時代でも
「謎だらけ」の
ようです。

以上です。

具体例を挙げると、関係者に
弊害(ご迷惑)が生じると
考えたため、
・非常にわかりにくい、
・まとまらない、
・とりとめもない
・まわりくどい、
・モヤモヤ感満載の
文章となりました。

その点をお察しいただいて、
皆さんの身近な例に当てはめて
「スッキリ感」
見出していただけますと幸いです。
お読みいただき、ありがとうございました。
(これは、一個人の見解です。)

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