YouTubeの動画でAIに画像と音声を作成させているものがあります。
その中には、誤字・脱字、誤用が見受けられ、
嫌悪感を禁じ得ません。
私が拝見した動画は、
投稿者は声も姿も何も出演していない動画。
アニメーションと文字と音声の動画でした。
日本語の原稿が間違っている
人間が入力しているのか?
音声からの文字起こしで間違っているのか?
結果的に音声がおかしく日本語の読みになっていない。
アニメーションは綺麗。音声も若々しい声。文字も間違いは見受けられない。
・・しかし、
それ 言葉じゃないです。
(おそらく、原稿の入力ミスが起きているかと思われます。)

私は、こういうちょっとした間違いを見つけてしまうと、
その後の内容を素直に聞き取ることができません。
内容を受け取ることに、拒否反応が出てしまうのです。
まったく、困った性格です。
間違いに気づかない投稿者
間違いに気づかないのは構図の問題です。
投稿のハードルが低くなってしまったので、間違いに気づきづらくなっている。
間違いに気づく機会が減っている。
例えば、
書籍なら編集者や校正が入る。
論文なら査読が入る。(査読が入っていないものも存在する。)
作成者が実名や顔出しならば、当事者意識が働き、入念な見直しが行われる。
指摘するのもアホらしく感じる
しかし
音声も文字も動画もAIに作らせているのであるから
声や姿で出演もしていないとなると、
どんな人間が投稿しているのか見当がつかない。
そうだとすると、
はて、視聴者は何を信用すればよいのか?と考えさせられた。
「AIで生成すれば、間違っていても人間と区別できない形で大量に流通できる。」
こちらが、いちいち反応するのがバカらしく感じます。
この投稿者が求めているものは
投稿者は再生回数を求めているのか?
共感を求めているのか?
どちらも求めているのか?
間違いを指摘されても修正の手間は、作成時の何倍もかかり、
修正するスキルや時間が投稿者には足りていない。
おそらく、次の動画の作成の方が優先されるのではなかろうか。
一番、理解できないのは
誤用があるのに、そのことにコメントすらなく、
「良い」とコメントして反応している人たち。
・・・「君たちはアホか?」
と、私もふくめた
コメントを書き込まないで遠慮している大半の人々
(サイレントマジョリティ)は感じているはず。
しかし、私一人が大勢考えを推し量ることはできないので、
ここに投稿して、反応を見てみることにしました。
(誤用の指摘コメントは削除されてるのかもしれないしね。)

私の場合、現実社会の公の場では、こういう間違いの指摘は、
とてもデリケートなので、見て見ぬふりをして、放置するのです。
「恥をかかされた!」と怒ってしまう場合もあるからね。
誰も幸せ(ハッピー)にならないんですよね。
他人への「指摘」が良好な関係を保ってでできる人って
相当高度なコミュニケーション術を会得していると思います。
私には到底無理なのです。
だって、内心はどう思っているかわかんないじゃん。
誤用は放置されたままWebから消えない
このような流れで、Web上の間違いは間違ったまま放置されるのですね。きっと。
これは情報リテラシーや情報倫理に関することですが、
投稿者は(私は動画は投稿していませんが、大枠では私もその投稿者側なのですが)
一度、Web投稿されたものは、決して消せない事実を投稿者は知っておいて欲しいですね。
AIに仕事をまかせる人は、AIの成果物の間違いを「手修正」する技術を磨いてほしい。
AI(生成)には間違いチェックはできません。
以上 ありがとうございました。

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